聖書とLGBT – ツイキャス新シリーズ

ケン・フォーセット

従来、同性愛を初めとしてセクシャルマイノリティの人々断罪する為に使われてきた聖書のテキストを取り上げ、「同性愛は罪とはっきり書いてある」など、クリスチャン界隈で良く行われる主張が全く成り立たないということを、時代背景や聖書テキストの文脈などから示していく。

それらの聖書箇所には、本来もっと教会が耳を傾けるべき素晴らしいメッセージ、LGBTに限らず自分たちと違う人々排除せず、その人たちを受け入れるだけでなく、その人たちから学ぶべきだという先人たちの知恵を共に受け取っていきたい。

導入編 アブラハムとイサク https://twitcasting.tv/kenfawcjp/movie/605031221

初回は導入として創世記22章のアブラハムとイサクの物語から学ぶ。LGBTの人たちを初め、親や教会の信仰に従って生きながらも、そのやり方、考え方に疑問を持ったりついていけなくなったり、祭壇の上で縛られて殺されそうになるような経験をした人はたくさんいるのではないでしょうか。

共にシナイ山から下山し、古い価値観に頼らない新たな信仰の道を共に歩んでいきましょう!

第一回 レビ記18章と20章  https://twitcasting.tv/kenfawcjp/movie/606641019   https://twitcasting.tv/kenfawcjp/movie/606691760

「男と寝てはならない!」とはっきり書いているように思えるレビ記のこの箇所は、多くのクリスチャンが「キリストが律法を終わらせた」と言いつつもLGBT断罪の根拠として使うことが多い箇所です。しかし不可解な部分もあります。レビ記18章や20章は、本来何を伝える為の箇所か、そしてこの箇所を書いた人たちのビジョンは何だったのでしょうか?

第二回 マタイ19:1-15 https://twitcasting.tv/kenfawcjp/movie/608912389

この箇所では、イエスが「初めに男と女に造られ」と言ったことが、「結婚は男と女の間だけのものだ」と言われる根拠とされることが多いです。しかし、イエスはどのような質問に答えているかを見れば、そのような短絡的な解釈は無理があると分かります。イエスが論破したおぞましい結婚観とは何か?現代の結婚観とはどう違うか?またその後のイエスの言動にもこの箇所を基に性的マイノリティの人たちを差別する教会に対する強いメッセージがあります。

第三回 創世記19章(ソドムの滅亡) https://twitcasting.tv/kenfawcjp/movie/610863500

神は同性愛故にソドムを滅亡させたと教会で語られることが多々あります。しかし聖書のテキストを丁寧に読むと、同性愛をそこに見出すのは無理があります。ソドムはなぜ滅ぼされたのでしょうか?彼らの罪とは何だったのか、後のイスラエルの人々どう認識していたのか?「同性愛」断罪のためにこの箇所を引用している教会が、自分たちの四つ壁の間で起きていることに盲目になってしまっている本当の罪に迫ります。

第四回 ルカ8章26-39(ゲラサ人の悪霊) https://twitcasting.tv/kenfawcjp/movie/612883456

同性愛について直接取り上げる箇所ではありませんが、聖書のあらゆる箇所を無理矢理引用して「罪人」「汚れた人」「神への反逆者」などとして扱われる同性愛者やその他のLGBTの方たちと、この悪霊に憑りつかれたゲラサ人の男性との間に奇妙な共通点が浮かび上がります。イエスが登場したことでそこで何が起こったのか?悪霊の正体は何だったのか?なぜゲラサの人々は男性の癒しと解放を喜べなかったのか?本当に「狂っていた」のは誰だったのか?

第五回 ローマ1-3章(パウロとサウロ) https://twitcasting.tv/kenfawcjp/movie/614752386

新約聖書が同性愛を認めていないということを示すためにもっとも使われるのがローマ1:26-27だと言っても過言ではありません。その他1コリント6:9や1テモテ1:10もありますが、それらの箇所の問題点は何か?そしてローマ書は非常に難解な点、一見大きな矛盾のように思える点が多々あるが、それは何を意味するのか?パウロが伝えようとして「信仰によって義と認められる」という主張、そしてユダヤ人と異邦人の間に一切の差別がないと信じた彼の福音を届けるためのドラマが展開されます。

第六回 創世記1-3章(創造の秩序?) https://twitcasting.tv/kenfawcjp/movie/616576266

創世記の天地創造の箇所はしばしば同性愛関係が「神の創造の秩序に反する」という主張の正当化に使われてきましたが、そのような主張は可能でしょうか?1章と2章の話の違いは?アダムとエバという個人が想定されていない1章で「産めよ、増えよ、地を満たせ」の言葉があるが、2章ではそれがありません。2章で女が男のあばら骨から造られますが、その動機と目的は何か?2人が寄り添って「一心同体」となる関係において、天地創造物語がもっとも価値を置いているものは何でしょうか?

振り返り with高松尚志さん https://twitcasting.tv/kenfawcjp/movie/618292593

振り返りも兼ねて、ゲイであり、幼児洗礼を受けたカトリックあり、ゲイでもある高松尚志さんからお話を聞きました。自身のセクシャリティの認識について、信仰との両立、教会内外での苦労、信仰の歩み、これからの教会のビジョンなど、様々な話題についてたくさん話していただきました。

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